2008年10月11日土曜日

ブロッコリー

 西砂保育園での保育園民営化に対する保護者説明会ももう4回目。昼の部と夜の部がありますので、もう合計で8回目です。保護者の皆さんも民営化対象園に選ばれてしまったがために、土曜日の午前と平日の仕事終りの夜に時間をつくらなければならないというのは大変で、ご苦労されていると思います。

 子どもたち(乳幼児)にとって、保育は「人生はじめの社会保障」ですが、その子どもたち自身は自分たちの権利を主張できません。子どもたちの最善の利益を確保するには親たちの力が必要です。

 話は変わりますが、写真は説明会の帰りに撮ったすくすく育っているブロッコリーの子ども。ブロッコリーの芽のスプラウトというのがありますが、あの芽がこんなに成長していくのでしょうか?

 直売で何度か買ったことがありますが、立川産のブロッコリーは大きくて甘くてとても美味しかった記憶があります。保育園の給食でもでるのかな・・・。

2008年10月6日月曜日

あれ こんなところに


 市役所前の立川通沿いの歩道の植え込みになぜか2メートル近いひまわりが・・・。


 排気ガスが多い中よく育ったものです。


 いつまで咲いているでしょうか・・・。

2008年9月14日日曜日

コンビニ猫 ある日の風景ぷれいばっく


 この写真は、今年の冬、ある漁師町のコンビニエンスストアでの一幕です。

 ポスター貼りで地域をまわっていると、以外に苦労するのがトイレの問題。

 立川では公園などに結構公衆トイレがありますが、行く地域によっては公園も少なく、公園があってもトイレがないこともしばしばです。そんな地域ではコンビニのトイレは、砂漠の中のオアシス的存在であったりします。都会のコンビニではほとんどありませんが、このコンビニのように一休みできるベンチが置いてある場合もあり、ささやかな休憩所を提供してくれます。

 そのベンチの下に、『魔女の宅急便』に出てくるジジみたいなかわいいクロネコが・・・。少し様子を見ていると、コンビニのお客さんから、チャッカリいろいろなおすそ分けをもらっています。

 原油価格の高騰で沈みがちだった漁師町でしたが、ホッとするひとときでした。

2008年9月6日土曜日

秋ですよ

 今日は保育園の民営化に対する西砂保育園の3回目の保護者説明会の傍聴。日増しに民営化に対する不安の声や反対の声が増えているように感じますが、市側が、その保護者の皆さんに十分な理解を得ないうちに、また十分な説明をしないうちに、スケジュールに沿って、民営化のための各論に入ろうとしていることが気になります。

 帰りの道端で、栗がたわわに実のっているのを発見。もう秋ですねぇ。でもまだ暑いなぁ。

2008年8月31日日曜日

ある日の風景2

 昨年の秋以降、政権交代をめざして、ポスター貼りなどの支援で、いろいろな地域を歩いています。
 
 今日は、どちらかと言うと、都会というよりも田舎の町。虫がたくさんいます。こんな風景を見ると、ついつい仕事を忘れて、都会が失ってしまったものを考えてしまいます。

2008年8月10日日曜日

ある日の風景

 政権交代をめざして、ポスター貼りなどの支援で、昨年の秋以降、いろいろな地域を歩いています。

 具体的には、主に首都圏の小選挙区などで、民主党の新人候補の方や現職でない予定候補の方の応援に入って、その選挙区でいろいろなお宅に飛び込み、「ポスター貼っていただけませんか」と歩きまわっているのですが、いろいろな風景と出会います。

2008年7月30日水曜日

図書カードを忘れても だいじょうぶ

 「○○くんの住所はわかる?わかんないの。じゃ電話番号は?」

 「○△◇-▲×□◎」

 「もう10冊借りているよ。本を返さないと今日は借りられないよ」

 「◎◎くんの電話番号は?わからないの?(名字の)さかは(漢字だと)どんな字」

 「つちへんのさか(坂)」

 「つちへんの坂じゃないみたいだよ???」

 こんなやりとりが交わされていたのは錦図書館の図書貸し出しカウンター。

 どうやら本を借りにきた4人の子どもたちが図書カードを忘れてしまったのかもっていないようで、コンピューターで検索している模様。

 しばらく、子どもたちとベテランの図書館員のやさしいおじさんの『おもしろいやりとり』が続いた後、子どもたちはお目当ての絵本をかりて無事に帰っていきました。

 夏休みで子どもの利用が多い図書館では些細な日常的な出来事かもしれませんが、こんなあたたかい風景を見ていると心が癒されます。

 その地域のことをよく知っているベテランの専門図書館員がいることは頼もしいですよね。

 指定管理者制度は図書館事業にはなじまないと感じた真夏の一幕。やっぱり直営の中での改革が必要ということを改めて思います。

 写真は『赤毛のアン』関連の本の展示コーナー。 夏休みの図書館はクーラーも効いていて極楽ですよ。

2008年7月24日木曜日

『魂(ソウル)のゆくえ』が新版として復活

 以前にホームページのほうで、絶版ながら紹介したピーター・バラカン著の『魂(ソウル)のゆくえ』が「アステルパブリッシング」から装いも新たに復刊しました。時代に合わせて加筆や書き換えがあり、ソウルミュージックの名盤などの179枚の最新のCDガイドが新たに加わっていますが、新潮文庫の原版同様にソウルミュージックの教科書として決定版といえる名著であることは変わりありません。今は亡きソウルの帝王(ゴットファーザー)JB­=ジェイムズ・ブラウンがシャウトする姿が表紙を飾っています。

 まさに【Soul is nothing but a feeling .】を教えてくれる本です。

ピーター・バラカン『魂(ソウル)のゆくえ』(ARTES=アステルパブリッシング) 定価:本体1800円(税別)【写真中央】

 
 以下は、ホームページに以前書いた拙文です。ご関心がある方は新版を書店で手にとって見てください。


 「魂(ソウル)のゆくえ」は著者のピーター・バラカンさんが、まえがきで「なぜソウルなのか。なんかよく分からないけれど、私自身は一番解放される音楽だから、その開放感を
できるだけたくさんの人と分かち合いたい」と語っているように、ソウル・ミュージックをこよなく愛している著者がソウル前史としてのゴスペルや50年代から80年代までの黒人音楽を白人音楽とのクロスオーバー(相互影響)や公民権運動やベトナム戦争の歴史などの背景とともに解説している名著。ゴキゲンなソウルやリズム&ブルース、開放感をあたえてくれるゴスペルなどの119枚のレコード・CDの推奨リストもあり、ソウルのことを知らない人におすすめの書です。

 レイ・チャールズ、サム・クック、ジェイムズ・ブラウン、スモーキー・ロビンソン、オーティス・レディング、ウィルソン・ピケット、サム&デイヴ、パーシー・スレッジ、アリーサ・フランクリン、アル・グリーン、アイズリー・ブラザース、ジミ・ヘンドリックス、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダー、カーティス・メイフィールド、ドニーハサウェイ、ボビー・ウォマックなどなどのエピソードや音楽性が解説されていますが、これもピカイチでわかりやすい内容になっています。

 バラカンさんは「多分私がソウルを感じる感じないというのは結局はゴスペル・ミュージックからくる感情の高揚があるかないかだと思う」「ソウルとは『魂』という意味の言葉なのだが、聞き手の魂を興奮させ、別の次元へ連れて行くゴスペル的部分がソウル・ミュージックには必要とされているのではないだろうか」と考察。ベトナム戦争の敗戦やウォーターゲート事件などが70年代半ばのアメリカに、ただ娯楽だけを追い求めるだけのシニカルな時代の雰囲気を生み、何も考えずにただ踊ればいいといったディスコが登場。それが人をのせるための曲を作るのではなく、休まず踊らせるためにどういう曲を作ったらいいかという商売の発想に変わり、1分間に何ビートが心臓の鼓動と近くて気持ちいいというような型にはまった曲作りとなり、このディスコ・ブームがソウルの息を止めるものだったと解いている。ボクもバラカンさんと同じ考え。なぜか70年代半ば以降のディスコサウンドには心からのれません。でもソウルは本当に死んでしまったのでしょうか。

 そしてバラカンさんは『魂のゆくえ』について語ります。「ソウルが魂ということなら、音楽の形が変わっても永遠に生き続けるものの筈だ」とソウル・ミュージック以外にソウルを感じさせる音楽としてレゲエのボブ・マーリーやトゥーツ・ヒバートやワールド・ミュージックと言っていいと思いますが、セネガルのユースー・ンドゥールやマリのサリフ・ケイタなどを挙げています。ちなみにボクが今ソウルを感じてしまう歌手はウルフルズのトータス松本さんに沖縄の歌手夏川りみさんというところ、またソウル・フラワー・モノノケ・サミット(ソウル・フラワー・ユニオン)の中川敬さんにも感じます。皆さんにはソウルを感じる歌い手はいますか?とにかくこの本からは現在も大きな影響を受け続けています。

 まさに【Soul is nothing but a feeling .】ということを教えてくれます。

 この本は残念ながら絶版状態。一部のファンからの復刊を求める声もあがっているようですが、ぜひ復刊してもらいたいと思います。ご関心のある方は図書館などで探して下さい。はじめから絶版の本を紹介してしまうなんて少し間が抜けていますが、すばらしい本ですのでご容赦を。(2004年12月記)

2008年5月20日火曜日

非戦の決意と『猫は生きている』

最近で言うと、山口2区の衆議院補欠選挙の支援していたことや体調を崩したこともあり、ホームページやブログのほうもほとんど更新していませんでしたが、この日記に至っては相当久しぶりの書き込みになります。

今日の東京新聞を読んでいると、尊敬してやまないルポライターの鎌田慧さんが「本音のコラム」という欄の「非戦の決意」と題した短い文章の中で、敗戦間近の東京大空襲のことに触れ、空襲被害者に対する補償や援護策や公的な資料館や追悼碑がないことを嘆かれて、
《もう戦争をしない、という決意が本当なら、大量の市民が殺害された空襲の悲惨を後世に伝えるのは最低の義務だ。さらに、軍人や軍属だけに補償するのではなく、家族や家庭を喪った市民や外国人にも補償して、非戦の決意を明らかにすべだ。》

と書かれていたが、まさにそのとおり、同感であると思いました。

今、立川市では、事前に市民の意見を聞かずに地区図書館に指定管理者制度を導入しようとする方針があり、各地区でその説明会がおこなわれていて、すべて説明会に傍聴に出かけていますが、富士見地区でおこなわれた説明会の帰りに多摩川図書館によると、入り口付近に「空襲の記録」という表題の何十冊かの本の展示があり、その中に子どもの頃に読んでもらって印象深った『猫は生きている』(作=早乙女勝元 絵 田島征三)という絵本を見つけ、なぜかほっとした気持ちになりました。

立川市の子どもたちにもこういった非戦・平和のメッセージを含んだ本を読んで、「もう戦争はしない」という気持ちになってほしいと願うばかりですが、地区図書館にもっともっとこのような特集の展示を組んで、子どもたちを本の世界へ誘っていただきたいと思いました。

2007年10月27日土曜日

マルコムXのメッセージ


先日柴崎図書館で借りた『マルコムX FOR BEGINNERS』を読みました。

マルコムXといえばアレックス・ヘイリー著の『マルコムX自伝』が有名ですが、読書が苦手の僕がマルコムXを初めて知ったのは、その自伝を基にした スパイク・リー監督、デンゼル・ワシントン主演の映画のほうの『マルコムX』でした。
この本はマルコムXの生涯や言葉をイラストとともにわかりやすく教えてくれるものです。急進的な黒人指導者として、そのストレートなもの言いからも、マルコムXには暴力的なレッテルが貼られがちですが、それは、白人中心のマスコミによってつくられた虚像であって、実はそうではないということがこの本を読むと良くわかります(この本の訳者もあとがきで《著書や文献によると、マルコムX自身、ブラックモスリムに入信して以来、暴力行為をとったことはない》と書いてます)。

マルコムXには、
《THE ONLY REAL POWER in this society comes
from either the ballot or bullet .
(唯一の真の権力は、アメリカでは投票か銃のいずれかによってもたらされる。)》

という有名な言葉もありますが、1965年2月21日に暗殺される前の最後のメッセージのひとつは、「子どもの世話をしなさい」ということだったそうです。つまり、子どもはアメリカの最後の希望であり、大人は遅すぎる、ということ。

防衛省の不透明な契約の闇と前防衛事務次官の接待づけ、厚生労働省の薬害肝炎の情報隠蔽、文部科学省の沖縄戦強制集団死(「集団自決」)の旧日本軍関与削除のゴマカシ教科書検定問題、繰り返しおこなわれる原発関係の情報隠蔽や食品偽装。こんな日本の状況を見ていると、日本でも「大人は遅すぎる」と思わざるを得ません。

《我々の過去に関する知識を身につけることで、我々は未来への道を手に入れることができる。過去から今日までの我々の道のりを知ることによってのみ、今、我々はどこにいるか、どこに行きたいと思っているのか、分かるのである。》

これもマルコムXの言葉です。柴崎図書館でいい本と出会うことが出来ました。